ステロイド・安堵と恐怖…その後 [diary]
ようやく、7ヶ月経て5mg減量で一日15mgになり。
126錠x5mg=630mgを飲み干して
又次のステロイド処方の為の幾つもの検査が手招きしてる。
6週間に一度(以前は5週間に一度だった)、
他府県の専門医療病院へ通院し始めたのが、今年4月で
その一年半前に難病認定されている病と知らされ、
現在に至っていて。
ステロイド
一体、何度キーボードに打ち込んだかな、ステロイド。
これほど副作用が多いとは、予想はしていたはずだけど、
もぉそれは予想を遥かに超え。
けれど、その反面
あれほどの息苦しさが緩和されている、きっと
副作用さえなければ、魔法の薬なのかな、とも思う。
今はまだ、副作用>症状緩和、のようなので
時折、パンク寸前の心抱えて、久々に更新などを思い立ち。
まっ、仕方ないよね。
何とかなんとか、乗り越えよっ!
生かされてるんだから、贅沢なんて言わない、言えない。
どっかに、必ず トンネルの出口 ってある!って
誰かが言ってた。
かぁちゃん、がんばるゾ。
可愛い、うちの姫
とにかくお気楽な、うちのワンパク坊主
⇑ この記事を下書きに保存したのは、
4年半前の事でした。
現在、ステロイド・プレドニゾロン服用は一日6㎎です。
6㎎までは、1㎎ずつの減量も比較的順調だったけど、
かれこれ2年は6mgの停滞状態。
4年半の月日は当然身体の各機能を衰えさせて、
愛犬たち、小夏と蓮もすっかり年を重ねて、11才になりました。
起床と共に心と身体に貼りつく倦怠感と息苦しさは
年々キツクなっていて、
素人考えながら、
おそらく6㎎のステロイドが足りていないのだろうな、と
思う日々です。
文庫本が読めないのがつらいけど、
副作用で眼圧とか視力低下で仕方ない、
それが一段と日々の視野を狭めている。
私。その居場所。 [diary]
ネット上で存在する私は架空の人間ではないかと、思う時がある。
本来、私はいつも「溢れる活字」との同居を心地よく感じていた。
遡れば、高校生?中学生?の頃からいつも傍には「活字」がいた。
自分の言葉が、消滅しつつある。もぉ、すっかり錆付きコトリとも動かない。
貪るように、本を読んだ頃。活字と共に脳裏に浮かぶ虚構の世界。
そこで佇むことの安堵感に、「私の居場所」を痛感した。
このブログは、私の原点。
ここから、ネット社会へ飛び込んだ。
見知らぬ土地で、たった一人方向すらわからずに歩き始めた。
道は険しく、それでも時にはやさしく、延々続く。
なのに、私の言葉は未だスタート地点で地団駄踏んでる。
なぜ、置き去りにしたのだろう。大切な言葉を。
私の中のもぅ一人の私。活字のハザマで「独りよがり」を演じる満足感を知っている。
けれど。
「夏ママ」を捨てられない私がいる。「yumiko」はどんどん小さく萎んでいく。
ふたりを器用に生きられない私。
誇る色した大切なHN・夏ママ。
そう。かけがえのない愛犬と伴に生きてきた大切なHN・夏ママ。
より一層と、私は「夏ママ」に傾倒する。
身動き出来ないほどに、私は私自身を捨て去っている。
「yumiko」の原点であるこのブログ。
ここで戻れるかも知れない、僅かでも。。。
とにかく、見失った自分を少しずつ取り戻せるのなら。
そんな気持ちで想いを託してみた。
明日のことなどわからない。わからないから、「今」を生きる。
あなたの「今」。。。(は何ですか?)
そんな問いを投げ掛けた人がいる。
その問いかけに、ずっと向き合っている。
私の「今」。。。私の今。
子どもの目 [diary]
テレビはあまり真剣に観ることはありません。
朝などはBGMのようにBS7chを流しています。
英語はわかりません。もちろん日本語以外はまったく理解不能です。
それでも...朝はBS7chです。
そんな私でも心惹きつけられる番組があります。
「学校へ行こう!。。」
今夜は特に感動的でした。
少年はゴジラ松井(ごめんなさい)の大ファンです。
松井選手に会えたら死んでもいいと言っています。
最初騙し的な場面があり、少し失望しました。
でも...その後、少年の目の前に本物の松井選手が現れたのです。
一人の少年の為に、松井選手が時間をさいてくれたことに感動した!というのとは少し違います。
もちろん、松井選手の誠意は充分伝わりました。
彼が、いかに誠実で心やさしい人と改めて思いました。
突然、憧れの松井選手が姿を現した時の少年たちの表情、瞳...
子供たちは、こんなにもきれいな目をしていることに、心から感動したのです。
社会は溢れる情報を武器に、より一層子供たちに迷いや混乱を提供し続けています。
子供たちはみんな何一つ変わらない...
もっと、もっと、私たち大人は「子供の澄んだ瞳」を護らなければいけないのだと、
今夜の「学校へ行こう」を観てつくづく思い知りました。
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ブログで新規作成する時は、少しある種の緊張感があります。
自分の言葉を公開することに慣れていないからだと、そう思います。
今日は突然、「書きたい!」と強く感じました。
一体ナニを訴えたいのか、さえ自分でもつかむことができません。
ただ、子供たちの驚きと感動の入り混じった瞳が、
あまりにも印象深くて...。
こんな日もあり?でも、明日には反省?
まだまだ新米です。
雨の休日 [diary]
今日から2月!やっと2月。もう2月。そんな感じです。
明日2月2日から、flowerショッピング、オンラインシステムに加盟することになりました。
その準備に追われた日々でした。
研修では久々にみっちりデスクの前でお勉強。
納品伝票の発注→配達確認のお勉強や、
システムの流れ(これが難解でした)についてのお勉強。
そしてなんといっても、一番大変だったのが『デジカメ撮影』のお勉強。
被写体が花なので、もちろん色が命です。
natsuの写真さえままならないのに、
いくら静止画像とはいえ、光の微妙な加減でまったく違った感じになりますね。
実はホームページにオリジナル商品(花束やアレンジメントなど)を
掲載しなければいけないので、ホントに大変でした!
いよいよホームページの作成です。
ふぅ~。。。結構時間がかかりました。
頭のなかが綿菓子みたいに、ふわふわ回ってる気がします。
1週間に1度程度の割合で、更新がか~るく義務づけられておりまして。。。
朝早く、夜遅く、少しの時間を見つけてはパソコンにかじりついてのお勉強!!
おかげで、natsuはストレスいっぱい状態です(←かまってもらえない(--)ム!)
だからでしょうか?
「今月のnatsu」のnatsuの首筋に、まんまるおハゲ、できてますねー。
半月前にはなかったのですよ。。。なんやかや、ありますね。
という訳で、今日はせっかくの休日なのにじゃんじゃん降りで、
朝からお散歩も行けていないのです。
すねています。
わるいなーと思いながら、こんなふうにお遊びパソコン楽しんでいます。
振り向く私 [diary]
「ふりむくな、ふりむくな、うしろには夢がない」
寺山修司の言葉です。
そうは言っても、ついつい振り向いてしまいます。
いいえ、振り向きだらけの人生と言えるのかもしれません。
私はとっても不器用な人間で、そのくせ、
どちらかといえばあらゆることに対する完璧主義者だと思っています。
ただし、近頃では時間の無さを理由に完璧にひびが入った状態です。
要するに年齢とともに、適当なズルサを身につけたのだと思われます。
それでもやっぱり何事もきっちり出来なければ、心が微妙に歪み始めてしまうのです。
たとえば人が発した言葉に於いても、どうしても右から左というような聞き流すことが苦手です。
顕微鏡で探すほどの小さな言葉も、しばらくは体内に保存してしまいます。
だから不安になって、いつだって振り向いて、確認して、再び歩き始めて、また振り返る。。。
だから夢の存在を意識したことはありません。
気がつくと、目の前の道を歩いていた。そんな感じです。
それでも唯一、前だけ向いて全速力で駆けつづけてきたことは、
犬たちとの暮らしです。
命を守るという点で、私には振り向く余裕などありませんでした。
もちろん、別の意味で振り向くことから逃れられないこともあります。
愛犬の死は、むしろ振り向いた先にしか思い出や記憶が存在しないからです。
日ごとに後ろへ遠のく愛犬の死と、現実のなかで生きつづける愛犬の生。。。
そのハザマで振り向きながらも、前だけ見つめて走る私。
「ふりむくな、ふりむくな、うしろには夢がない」
今日もやっぱり振り向いている私です。
年末に休日? [diary]
本当ならこの時期に休めるはずはないのです。毎年12月はほとんど無休状態でした。暇なのはうちの店だけ?と不安になります。
「そんなことないですよ、どっこもおなじです」と資材卸問屋のおじさんは言います。
「ほんまにどうなるんやろねぇ、もう知らんわ」とご近所の中華料理店の奥さんが嘆きます。
街の雰囲気はどことなく沈んでいます。割合テレビなどで取り上げられる街です。
〇〇マダムなどともてはやされるのですが、この街のオバサンたちの本質を私は知っています。彼女たちのモットーは3Kならぬ、3苦です。つまり「品よく、安く、新しく」
*注。。。決してA市のことではありません。A市はセレブなマダムの街ですから。
店を始めて14年。気がつくと、街は老人と学生で溢れていました。不安は大きくなって心にデンとすわりこみを始めたようです。
「綺麗なお店ねぇ」,「綺麗なお花ねぇ」 ほめる客に買う客なし!商売を始めた頃、商売の神さまみたいなおばちゃんに教わりました。そのとおりでした。
来週の水曜日は28日。さすがに休めない!花屋が年末花売らないでいつ売るの!!って感じです。願わくば、店のパソコンでブログ更新の暇がありませんように。。。どうなることやら
10年 [diary]
10年がテーマ。そのメッセージを目にした瞬間、
二つの場面がどんどん巻き戻されていきました。
やはり地震のことはパスしようと、そう思いました。
語れない。。。
言葉で語ると、記憶が少しずつねじれて、少しずつ違う場所へ収まる気がするからです。
文字で綴ると、事実を脚色する誘惑に勝てないかもしれないと、自信がないからです。
体験談として語るには、言葉が足りなくて、
ノンフィクションとして綴るには、的確な文字が見つからない。
だから、やめよう。そう思いました。
安易にも残された一つの場面を再生しようと考えました。
「ヘレン.メリルを聴く犬」は、3年前に書いた文章です。
10年間、伴に暮らした愛犬の死をきっかけに、
それ以前に書いた文章を修正したものです。
でも、何かが違う。
メッセージの枠からじわじわと、
居心地の悪い違和感がはみだしている感覚です。
ずるい、手抜き、にせ。。。そんな言葉が並びます。
きちっと、2005年現在から10年前を振り返る。
人の気持ちは流れ、淀み、再び流れ始める筈なのに、
私はやみくもに、逆流だけを試みたのです。
改めて、投稿しなおす事に決めました。
もしも、読んでくださった方がいらしたら、ごめんなさい。
まだ、時間は残されています。
幻の愛犬ネネを、もう一度胸に抱いて出発します。
一体何を焦っていたのでしょうね。。。
娘 [diary]
昨日、ボーナスが出たからと娘にお小遣いもらいました。毎年手渡してくれます。
小さなメモに「お父さん、お母さんに、お小遣いあげるのが、ボーナス貰う時の楽しみになりました^^」そんなふうに書かれていました。
朝早くから懸命に働いて、いっぱい嫌な思いして、いっぱいつまづいて、人間関係の大きな海に溺れそうになりながら、やっと手にしたお金です。何を買おうかなぁ?と心に広がる楽しみと、もうしばらくお相手しようと思っています。
娘はおばぁちゃんっ子でした。私は以前は体が弱かったので(今は元気です)、赤ちゃんの頃から、入院する度に母が娘を預かってくれていました。その母が亡くなった時、娘はおそらく私と同じぐらいの哀しみを抱いたと思います。
あれから6年...娘は「おばぁちゃんの星」を見つけました。仕事でクタクタに疲れた時、ふっと夜空を見上げると、お月さんの横でオレンジ色に輝く星を見つけたようです。以来その星は、いつも励ましてくれている気がするそうです。娘はその星に「miyo star」と名づけ、毎日夜空を見上げています。携帯メールが届きます。「今日もmiyo starいたよ!」画面の中で文字が嬉しそうに踊っています。
いろいろあったのに、心の優しい娘に育ってくれました。天国の母に感謝です。
こんな可愛いのにお小遣い入っていました
ガーベラ(パープルレイン) 娘のイメージかな?